ダメ人間は発展途上国で生まれるべきだった
マリモンは発展途上国で生まれた方が、幸せに人生を送れたんじゃないか、って過去記事に書いた。
以下抜粋。
どこかの発展途上国に生まれて、単純作業労働をやって貧乏だけど適当に生活する。
幼なじみの女と間に、気付けば子供が出来ちゃって、その日暮らしして60歳ぐらいで感染症とかで死ぬ。
みたいな人生の方がマリモンは幸せのような気がする。
どういう事かっていうと、
先進国で競争のストレスに振り回されて生活するよりも、
多少のスペックの違いがあっても、みんな同じような人生を歩まざるを得ない、発展途上国に生まれる人生の方がマリモンは幸せだったのでは?
そんな感じで過去に記事を書いた。
よっぽど突出した能力や恵まれた生活環境を持たない限り、生活レベルに差が出にくいのが発展途上国。
例え天才的な作曲の才能があって生まれたとしても、貧困に埋もれてしまうのが途上国。
そもそも作曲の才能なんか、幼少期のエリート教育で磨かれる部分も大きいので、なおさらだ。
イチローだって途上国に生まれたら、少年時代に近所のバッティングセンターに通う事も出来なかったはず。
そうなれば、あの天才的なバッティングセンスも開花しなかっただろう。
何が言いたいかっていうとね。
例え才能があっても経済レベルが低いので、才能を開花させる土壌がないって事ね。
たとえ天才的才能がある人間でも、貧困に埋没するような環境だったら、ダメ人間は死ぬまで自分の人生に疑問を感じずに生きられるんじゃないか、って事が今回言いたかったの。
ガキの頃から自分の事を知ってる地元の人間たちと死ぬまで暮らす。
仕事は無くてずっと食い詰めるような生活だけど、地元のみんなで助けあって生活する。
親の資産状況も、努力して得られる学歴や収入もみんな一緒。
だから生まれてから死ぬまでのスタートラインもゴールラインも、ある意味で本当に、平等なのが発展途上国。
低能力な人間ほど途上国のほうが、余計なコンプレックスも感じずに人生を終わらせられるような気がする。
途上国ならネット環境も悪いし、余計な情報も入って来ないからね。
今回の記事で、一番言いたかったのはこれかな。
「日本で生まれたら勝ち組っていう言葉は、ダメ人間には当てはまらない。」
今日はここまで。
そんなとこ、ほな!